東光寺について


由緒

  当山は、支那天台山の流れをくむ日本天台宗比叡山延暦寺に属し、医王山泉受院東光寺と号す。

一説には薬王山ともいわれるが詳らかでない。天長6年巳酉年、第53代淳和天皇のご在住(823~833年)に、慈覚大師が 自ら一刀三礼され、立像、座像の二体の不動明王を刻まれた。そして、立像を東光寺に、座像を西光寺に安置した。その後、東光寺、西光寺合併により二躰とも東光寺に安置されるようになった。 大師自ら開眼の大導師となると伝えられている。